よし、ちゃんとしよ。

代々受け継がれた着物屋でもなく、伝統も格式もないキモノ屋が書いてます。

着物屋をかぶっていた

これまた2016年の11月ごろ下書きに残ってた記事。

ちゃんと出せるように見直して、出してみました。f:id:ayarawat:20161124170752j:image

昔っから、着物屋のイメージがよくなくて。

 

押し売りするだとか、買うまで帰さないよっ!とか。

 

黒や紫のぼかしで妖艶さが出てる感とか苦手で。

 

自分がするならそんなイメージ持たれたくないという思いが強くて

 

気軽に、相談しやすい着物屋になろうと思ったんです。

 

…が、しかし呉服って気軽じゃなくて、分かりにくくて。

 

なので、気軽さを追求した「ふだん着物」と呼ばれる木綿や

 

シルクウール、デニムの着物を扱い出したんです。

 

父は絹の着物メインでしたので、なんか違うことをしたかった。

 

また自分たち同世代に受け入れられたかった。

 

ハレの日よりもデイリーだろって思ってました。

 

気軽さを追求して、万人受けする着物屋を目指していったんだと思います。

 

それは「着物を全く興味ない人」にまで好かれようとした着物屋でした。

 

足袋の1つからでも着物を着る人のお役に立てればという気持ちで。

 

着物を着る人に喜ばれる贈り物にふさわしい雑貨商品を揃えたりして。

 

しかし私たちは頑固者だった。万人向けな着物屋が務まるわけなかった。

 

次々に素敵な商品を見つけることが楽しかったのですが、

 

次第に着物屋として生きるのが辛くなってきました。

 

それは、いつのまにか着物屋ってこうじゃなきゃ!

 

って勝手な「良い着物屋」イメージを作って、それになろうとしてた。

 

ことに最近気づきました。

 

自分を殺して、「良い着物屋」になろう。

 

自分に自信がないから、世間一般が思う無難で真面目な着物屋になろう。

 

いや、それじゃあつまらないだろとようやく気づきました。

 

あぁ、そういえば中学か高校の頃、パブリックイメージを決め込んで

 

それを変えるのが難しくて、外界での自分を演じ続けて苦しんでたなぁ。

 

いつだったかミスチルの「名もなき詩」を聞いた時

 

あるがまーまの⤴︎ こころで〜

いきーら〜れ〜ぬ よわさ〜を〜

だれかのせいにして すご〜してる〜

知らぬ間に〜 築いてた〜 「自分らしさ」の檻の中で〜 

もがいてるんなら〜  僕だってそうなんだ〜

 

えーっ!? 桜井さんもそうだったのっ!?って救われたことあったなぁ。

 

それをまた繰り返してるような気がしたのです。

 

 

。。。最近、面白いブログばかり読んで勉強になるなと感心してるのですが、

自分の文章の下手さに恥ずかしくなるな〜

ただ、今はとにかく書きまくって文章力を上げる。

うまい人を真似て書きまくるようにしています!