よし、ちゃんとしよ。

代々受け継がれた着物屋でもなく、伝統も格式もないキモノ屋が書いてます。

着物屋がなくてもいい世の中

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もう着物屋がいらない世界だよね〜、人によっては随分前からそうなんだけど。

 

今の世の中は「着物を着たいなぁ」って思えば、ネットで自分で調べて

買って仕立てて着られるはず。

着物は中古でも新品でも売ってるし、反物を買えば「着物 仕立て」で検索すれば

仕立てに関するサイトが出てくる。(仕立て上がったものもたくさん売ってます。)

 

そこに寸法のことや自分に合ったサイズを出すことも書かれてて、

ちょっと調べて注文すれば、指定どおり仕立て上がってくる。

着付けに必要な部品なんかも、親切丁寧に教えてくれている着付けサイトがある。

Youtubeとかで着付けを見ながら練習すれば自分で着られるようになるはず。

 

もう私は自分で着たり寸法とかもいろいろ知ってしまっているから試せないんだけど、

できるなら無知な状態で着物を買って着られるか試してみたかったな〜。

 

だから本当に、だれでも着物を買って着られる世界。

各人に「着物に興味があるか、ないか」の問題。

昔は、

・興味がない人を、興味がある人にしなきゃならない。

・興味がある人を、着てみたい人にしなきゃならない。

・着てみたい人が、着られる環境を与えなきゃいけない。

・着られたら、着物姿で楽しめるコトを紹介する。

・着られたら、また次に着たくなる機会をつくらなきゃ。。。

ということを考えていた。

 

それと同時に、

・着物関連の商品を販売する。

・着物に関する和雑貨の販売をする。

・着物に関する企画展の開催。(販売もあり、カジュアル茶会もあり、、)

・お客様のお持ちの着物の悉皆相談。(眠っている着物の活用提案など)

をする。それと同時に、

・地域おこし的な活動。

・地域おこし的な会議への参加。

・地域おこし的な会で生み出さねばならない新しい企画。

を掛け持っていたら、だんだん仕事が辛くなっていった。。。

 

話が変わってしまいそうなので戻すけど、

もう着物屋がなくてもいい世の中になってたことに今さら気づいた。

 

私は「他の人がしているなら自分はする必要ないな。」と思うタイプで

誰かがしていることに気づくと急速に冷めてしまう。

戦いたくないのだ。負けるのが怖いことと、競争が苦手なのだ。

いや、もしそこにたくさんの需要があるのなら続けていたかもしれない。

「小さなパイを奪い合うような業界」に感じた時点でダメになったのかもしれない。

 

もう随分前から

・着物関連の商品を販売する。

・着物に関する和雑貨の販売をする。

は、ネットや他店で行われている。自分がする必要ない。という結論に達した。

 

今は、多様にいろんなものが用意されてる。ある意味全部競争。

誰もが限られた時間の中で取捨選択している。着物もスマホと戦ってる。

誰もが興味あることだけ選択すればいいと思うし。

ただ体験してみたいってだけの人の気持ちが分かるから、そこは着物レンタルで

叶えてあげられるかなと思ってレンタルサービスは継続している。

 

自分じゃなくてもいい仕事は、しなくてもいいってホリエモンの本で読んだよ確か。

 

さて、自分の仕事ってなんだろ?探さなきゃならない。

 

働き方改革はとっくに始まってる。

 

自分で決めといて、さぁどうしよう。

困っています。誰か仕事ください。(いや自分で見つけなきゃ)