よし、ちゃんとしよ。

代々受け継がれた着物屋でもなく、伝統も格式もないキモノ屋が書いてます。

デザイナーって芸術家だと勘違いされてそうなときがある

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デザインするっていうことがなかなか分かってもらえないと感じる。

 

デザインする人は、自分の思いで好きな作品を作り出す芸術家のように

思われてそうな場面がある。

 

私はなるだけ自然に、作為なく、と思ってる人間でして、

芸術家のように「この世に何か生み出したい」とか思わないタイプでして。

(もちろん様々な芸術家がいらっしゃるので、一括りにするつもりありましぇん。)

 

私の場合、デザインは、クライアントがいて、クライアントのお客さんがいて、

その人たちが喜ぶものに仕上げていくような感覚です。

 

自分の店の広告物を作るにしても、自分の好きなようには作らないです。

その広告物を喜ぶのは、自分の店のお客さんなので。

 

なので、デザインは基本的に「与えられた材料で、組み立てて完成させる」ものと

基本的に思ってまして。

 

なので「おまかせするから自由に作って欲しい」という感覚で人から依頼が

あると非常に困ります。

誰のためにつくるのか、何のために作るのか、

依頼者が考えていなければならない。と思います。

 

自由に作っていいと言われて作っていったら、

こうではないと言われたりして。逆にこんな感じにしてって言われたりとか。

叩き台として作ったわけじゃないんだけどな〜と思いながら

また話を聞いて依頼者の意向を汲み取る努力をします。

 

私の場合は、自分の個性はデザインに全く出したくないのです。

全く出さないように制作したとしても、私が出てしまうのです。

私が制作してしまうので、私の個性が出てしまう。

そのくらいの出方でいいと思っています。

 

私が着物屋だから培われた感覚があったり、

茶道や能を経験したから培われた感覚もあったり、

私の根っこにある几帳面だけど大雑把な性格やネガティブ思考などもブレンドされて、

私のデザインは「個性を完全に消したつもり」で生み出されます。

 

ものを生み出す人の中には、「我」無しの人もいるってことを、

デザインって材料があるからできること、そう思ってることを知って欲しいし、

自分で伝えていかないといけないんだなぁって思うところです。