よし、ちゃんとしよ。

代々受け継がれた着物屋でもなく、伝統も格式もないキモノ屋が書いてます。

くちずさむ

おしりをだしたこいっとうしょう、

 

たまたま口ずさんでしまったフレーズに、「この歌詞にはどんな意味があるの?」

 

前の歌詞が思い出せず、調べてみたら、

「クマの子 見ていた かくれんぼ〜♫ おしり〜」

って、即おしりが出てくる。。。

 

このときにこの歌のタイトルを初めて知った。

「 にんげんっていいな 」

 

そしてまた、ちゃんと考えてた人たちがいて嬉しかった。

hamusoku.com

 

クマの子が人間の子がかくれんぼしてるのを見ていた
クマの子はかくれんぼのルールを知らなかったため、お尻が出てしまい見つかっ子が一等賞だと勘違いした

 

おしりを出した子が一等賞だよ〜って企画もあったらいいのに。

ブログが勉強になる。

ここ最近いろんな人のブログを眺めてて、この人の考え方とか文章とか好きです。

inkyodanshi21.com

今まで誰かのブログって読むことなかったんですが、

ブログって面白いんだなぁと最近ハマってます。

この隠居系男子さんのブログに入っちゃうと、リンク先にどんどん飛びまくって

あ〜、わかる〜といったここち良い文章に浸ることができます。

リンク貼った記事も最高でした。

まさしく「欲しいものなんてない。お金を渡したい人がいるだけ。」

 

ブログを読んで、心が痛みます。

かつて自分たちもこんな風に思われて、

お金を渡してくれていた人たちがたくさんいて生活できた、今があるんだと思う。

 

以前は、小売りが楽しかった。

楽しんでたから売れてたんだろうな〜。

次はどんなおもしろいものを扱ってお客さんを楽しませようかなぁ〜と

イデアとか仕入先とか探したり考えたりしてた。

でも、3〜4年ほど前から探してても見つからなくて困り始めた。

東京ビックサイトとかである「ギフトショー」に毎度足を運んでいたけど、

最終的に「やっぱオモシロいもの無いね。」の確認のために行ってた気がする。

 

モノを売ることが辛くなってしまった。

 

今の私たちにもしお金を渡したいと思う人がいたとしても、

それに対する価値あるものを私たちが用意できない残念な状況だと猛省している。

 

<作り手>は強いよなぁ〜と思う。

作りたいモノ作って売るわけだから。

美山の窯元さんたちは強い。

自分が「良かっ!」と思って作ったら、応援したくなるもんね。

売れるだろうなぁ。

 

私もモノづくりをしよう!と思ったりもする。

しかし<こんなモノが溢れてるのに、さらに増やすわけ?>

という自分もいる〜

 

 

「欲しいものなんてない。お金を渡したい人がいるだけ。」

と、小売する側の自分たちがそう思ってしまったことで、

 

「あれ?コレはお客さんに本当に勧められるの?」

「自分だったらコレ買ってるの?」

と、なったら仕入れができなくなってしまった。

 

次から次に「勧められるものを探さねばっ!」と走りまくってたらパンクした。

パンクして、真逆のことを考えるようになった。

 

<また新しい商品の企画展しますけど、その前に…そんな入りますか?>

<もうどこでも売ってるし、皆さんいっぱい持ってますがね。>

<こんなペースで続く世界って異常じゃないの?>

<需要に対しての供給が多すぎるとしか思えないっ>

<うちみたいな小さい店なんかなくていいわ〜>

<さて、じゃあどうやって売上作ろう?>←今ココです。

 

もうほんと残念です。が、こうなってしまった自分に嘘はつけないので、

次へ進むため考えて行動します。ワクワクする方へ行きます。行きたい。

 

救いは、「本当に勧められるものが一つ二つは残ってること」

でも、そういったものは何十個も持って欲しいとは思わなくて。

1人につき人生で1つは持って欲しいというようなもの。

だから着物屋だけでは日本で生きていくのは難しいと思ってます。

本業を邪魔しない働き方を模索中。

 

 

 

9月のポエム

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毎月書いてるポエムです。9月っぽい文章を目指して書きました。

写真はちょうど9/9の重陽節句に合わせて菊の帯を。

着物の好みも細部まで様々で言いたい放題。

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テレビ欄の「着物の〜」が目に留まってチャンネルを変える。

NHKで「もう一度着物にチャレンジ!」って番組。

タンスの肥やしになるより、着ましょうよ!という感じだったかな。

二部式の帯や二部式の着物、半衿が付いたTシャツやマジックテープで着脱可能な襦袢の袖とか出てきましたね。

テレビの前で妻と2人でヤイヤイ言うわけです。

 

私たちの基本スタンスは、

着物ってファッションだから、自分の好きなように自由に着ていいですよね〜!

です。

 

ただ、私たちは

・着物は「白衿」が一番合うと思っている。(色半衿や刺繍衿は好まない)

・二部式の着物は好きじゃない。(マジックテープの名古屋帯は作ったりした。)

・着物姿に洋装バッグのコーディネート、大賛成。

・最近、よく見かけます紗のような羽織もの、あまり好みません。

・薄っぺらいポリ着物よりは、木綿やウールの方が良くない??  などなど。

 

自由でいいですよ〜、と言いながら、自分たちの好みがちゃんとあります。

「着物なんて不自由な所が良いんですよ。」

「動作に制限ができる。からこそ美が生まれるんですよ。」

「自由がいいなら、楽に着られて身軽で快適な洋服を着たらいいんです。」

と思ったりします。

 

なんでも「着物着てたらオッケ〜!」みたいなのが嫌なんです。

でも「着物着たいんですが〜」と言う人はほっとけない。

 

さらに自分たちがお客様に提案する側となると

(自由でいいですけど、)「どんな場所で着られますか〜?」

(自由でいいですけど、)「着る場所にはどのようなご関係の人が来られます〜?」

(自由でいいですけど、)「こんな風に仕上げた方がいいかもですね〜?」

と、コーディネート含めアドバイスします。

「tawarayaさんに言われてこんな感じにしました〜」が、TPOを捉えていなかったらお客さんに恥をかかせてしまうかもしれないとか色々考えます。

 

これは、一般的にこうだ!というお話をしながら、いろんな人との関係上、こっちの方がアリかもと思ったら冒険した提案もあります。

 

無難と冒険と提案して、どちらを取るか、細かい関係性はわからないので

最終的にはお客さんに任せるんですけど、

お客さんが自信を持ってその場に臨めるスタイルを提案したいですね。

 

着物屋もいろんな着物屋がいますからね。

半衿、柄半衿が好きな着物屋もいれば白衿が好きな着物屋もいる。

自分の好みに近い着物屋さんに色々と選んでもらった方が絶対良いです、お互いにとって。

 

できるだけ物事をフラットに見るように心がけているんですが、今日のTVを見てて

「着物を着るってだけで、結構部品が多いんだな〜。」

「こんな色々と着付け部品を用意して着物を着るってどうなんだ〜?」

と思ったりして。

私は着物よりも

   「光浦さんの着ている黒のカーディガン?のようなもの、

    あれを男物の羽織のように仕立てたものを洋服の上から着たいな〜」

と思って見ていましたのですみませんー

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ミニマリストよりです。

これもまた2016年4月に下書きしていたもの。

もう1年と半年は経とうとしている。私は前に進んでるのか不安になるな〜。

 

来日したムヒカさんのスピーチを知らなかったんだけど、

聞いて知ってぐらぐらになった。

消費社会に警鐘を鳴らしているスピーチ。

たぶんミニマリストはここから生まれたんじゃないかな。

 

10年以上前、着物屋になるときもそうだったけど、

PCの性能、CPUやカメラの画素数が毎シーズンどんどんあがっていき、

「このまま進んでいってどうなるんだろ?」

「こんな流れがいつまでも続くような世界は疲れるなぁ」と、思った。

 

私は人と関わることを恐れてたので、PCでデザイン業務を一生の仕事に

しようと憧れていたのですが、この流れにはついていけないだろうなって

諦めたことを思い出します。

 

そして、一般的に進化していくものよりも、古ーい昔の紋様や歴史の中に

全く新鮮なものやことを見つけることに興味が湧いて仕事に繋がって

今に至ります。

 

実際に物質的に豊かになってるけど幸せを探し続けてる。

私が扱うものは一体どうすりゃいいのか?と、考えなきゃと

思いながらなかなか考えられない。

ムヒカさんの言うことがその通りすぎて自分の立場が危うくなる

んじゃないかと考えられないのかもしれない。

 

小売業を営む私は、この消費社会に疑問を持ちながら

どうやって生きてくんだろ?

 

答えが出ないまま、ふと思った。

 

「私はモノを売っていたのかな?」

 

実は、よ〜く振り返ってみると、あまり着物を販売している実感がない。

 

ほんとに売っていないのであれば大問題で生きていけているはずがない

のですが、モノを売っている感覚ではなく、お客さんとコミュニケー

ションをとるときのキッカケのような。

誰かに必要とされて動ける幸せを感じるだけのような。

客観的事実として、モノを販売しお金を頂き、頂いたお金を仕入先に

支払い、残ったお金が利益。そこから給与としてお金を頂き、

ご飯を買って食べて生きてるのですが。

 

お客さんやお客さんの周りの幸せとかいろいろ考えていく中で提案して

いって、最終的に喜びに繋がるお手伝いをさせて頂いて、結果お金を頂

いています、という感じです。

 

ある人にとっては、単なるモノで贅沢品かもしれないけど、お客様

当人にとっては心を豊かにしてくれる、これから先の未来を楽しい

ものに変えてくれるもの、を提案してきたんだと思います。

これからもそうありたい。

 

と、書いてますね〜。全く変わってません、いや後退していないか>_<

 

働くを見直す

2016年の3月に書いた記事が、下書きに残ってた。

あとで読み返すと面白いのであげておこうと思います。

 

最近ハマっていることは、断捨離です。

 

私も妻もここ数年断捨離ブームです。
モノを減らすことを常に考えています。
 
経営にしてもですが、どうしても合理化を考えてしまいます。
必要なモノだけで生きていく。人生をスリムに。
 
この考えが行き過ぎて、モノを販売する小売業を営む
私達は、2015年は大変でした。
 
自分たちが売っているモノは必要なものか?
 
これはオモシロイ、これは売りたいと思って仕入れていた商品が段々と「必要ないモノなのでは?」と思うようになりました。
 
どちらかというと、現代の空気感に違和感なく寄り添える着物を提案したいし、妙に浮かない、馴染む着物を提案したいと思ってます。
 
着物というだけでコスプレのような感覚にもなります。
昔と今では様々に環境が変わりました。
 
着物より洋服の方が自由で便利で楽です。
いや、着物は洋服より楽ですよ、とは全く思いません。
 
私も洋服を着ることの方が多いです。
ある着物屋さんが、着物屋を始める時、全ての洋服を捨てて、
毎日着物だけの生活を始めたというエピソードを聞いて、
マネできないなぁと思いました。
 
仕事として関わるのであれば、本当はそのくらいの覚悟でしなきゃ
生き残れないよ、と言われている気がしました。

 と、ここで下書き終わってました^^;

 

ここに出てくる着物屋さんとは違った立場で、

着物屋を続けられるように自分の働き方を見直していきます。

8月のポエム

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毎月書いてるポエムです。

8月は暑かったので文章少めに。